那須塩原の宝が消えてゆく!

ちょっと大げさかもしれませんが、私にとってちょっとショッキングな出来事が。

那須塩原市で営んでいる、ある建具屋さんが廃業したとの連絡がありました。

社長直々に連絡をいただき、驚きと共に落胆の数日を過ごしています。

技術力のある職人さんが、今回は、3人も無くなってしまいます。

驚くことに3人の建具屋さんで、那須塩原で一番大きな事業所だったんですよ。

社長は高齢で。一緒にいた職人さんに後を継がないかと掛け合ったけれど断られ、結局廃業の道を選んだとのことでした。
建具-4

大多数の職人さんは経営なんてする気はありません。作って入れればそれで良いのです。

これが普通だと思うし、現実なんだとも思う。

那須塩原で営んでいる建具屋さんは、昔は30件あったのが、あと5件か6件程度とのこと。しかも複数で営んでいる建具屋さんは皆無。

普通の名も無き職人さんがいなくなる。

本当は、こういった名も無き職人さんたちが普通に暮らしていける世の中であってほしい。

職人さんたちは、「俺の代だけでもういいんだ」と。または、いったんは息子が継いでも仕事がないので別の職業に鞍替えというパターン。

技術を積み重ねても、それを活かす場がない。それを活かす仕事がない。

経営に優れた人々しか生き残れない社会。変化について行ける人しか残れない。

これが現実の社会。そして、ついてこれない大多数の職人さんたちは廃業していくのでした。

いま、いろいろな工芸の作家さんたちが増えています。みんな、丁稚や親方にたたかれながら覚える職人がダサいといわんばかりに、未熟な技術で独り立ちしていく。

未熟ならまだ良い。学校で習った技術を独自に解釈して基本のない技術が多く出てきている。

時代の変化ととらえれば、それはそれで良いとしても暮らしに根付いた、積み重なってきた普通の日本独自の技術はどうなっていくんだろう・・・。

建具-2

階段型の建具。閉まっているところ

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階段型の建具が開いているところ

明日は我が身。

大田原市は、昔は家具の町でした。多分、このことを知っている人も60才を過ぎている。

家具に興味の無い人にとっては、家具の町だったことも知らないと思う。

みんな、廃業したり倒産したりでなくなってく。

いままでは、技術を駆使したすごい仕事をしたいと考えていました。

最近は、基本的な技術に向き合える仕事がかけがえのないモノだと思うようになりました。

人生においても最近よくきくけど、実は普通に暮らせることが幸せなんだということを。

でも、この普通の技術と向き合える仕事すら滅多にないのでした。チャンチャン!

建具-1